窓の外に広がる尼崎の街並みが、少しずつ夕闇に溶け込み始める時間帯。スマイルラボの事務室で、カタカタと鳴り響くキーボードの音に混じって、小さな、でも重みのある溜息が聞こえてきました。声の主は、いつも利用者さんの体調や作業の進み具合を優しく見守っているサービス管理責任者さんです。
「なあ、不思議やと思わへん? 昔はあんなに寝る間も惜しんでゲームしてたのに。今は起動するだけで、なんや満足してまうねん。長続きせえへんのが、ちょっと寂しいわ」
その言葉には、かつての自分の一部をどこかに置き忘れてきたような、切ない響きがありました。最新のグラフィック、壮大な物語、無限に広がるオープンワールド。技術は進化し、目の前には素晴らしい世界が広がっているはずなのに、なぜ私たちの心は、かつてのようにその海へ飛び込むことを躊躇してしまうのでしょうか。この「大人のゲーム離れ」という現象は、実は単なる「飽き」ではなく、私たちの脳と心が辿ってきた進化の証でもあるのです。
「脳の報酬系」の変化が教える、大人が熱狂を卒業するプロセス
まず、私たちが直面しているのは「報酬系」と呼ばれる脳内ネットワークの変化です。若い頃、私たちは新しい情報や未知の体験に対して、ドーパミンという物質を勢いよく放出し、それを強烈な快感として受け取っていました。初めて訪れる異世界の村、強敵を倒した瞬間の達成感。それらはすべて、まっさらな脳にとって「劇的な報酬」だったのです。
しかし、多くの経験を積んだ大人の脳は、すでに数多くの物語パターンや攻略の定石を学んでしまっています。「おそらくこの次はこうなるだろう」という予測の精度が上がるほど、脳にとっての驚きは減り、ドーパミンの放出量は穏やかになっていきます。これは知性が磨かれた結果であり、世界を予測可能にするという生存戦略の成果でもあるのですが、同時に「熱狂」という魔法を少しずつ解いてしまう副作用も持っています。
つまり、「飽きやすくなった」のではなく、「先を見通す力がついた」と言い換えることができます。かつては地図のない暗闇を走ることに興奮を感じていた脳が、今はより確実で、より意味のある刺激を求めるように変化しているのです。最新のゲームがどれほど美しくても、システムが過去の経験の延長線上にある限り、大人の脳をかつてのように「ハック」することは難しくなっているのかもしれません。
「決断の疲れ」がゲームを仕事に変えてしまう、現代人の事情
次に、私たちが直面しているのは「認知資源」の枯渇という切実な問題です。私たちの脳が一日に使えるエネルギーの総量には限りがあります。朝起きてから夜眠るまで、私たちは無数の選択を繰り返しています。何を着るか、どの順序で仕事を進めるか、メールの返信をどう書くか。サービス管理責任者のように、日々多くの利用者さんの体調を見守り、一人ひとりに合わせた支援の形を模索する立場であれば、夕方には脳の「意思決定ボタン」はすでに摩耗しきっているはずです。
かつてのゲームはもっと単純でした。しかし、現代のゲームは非常に高度で複雑です。広大なマップのどこへ向かうか、どのスキルを優先して育てるか、膨大なアイテムをどう整理するか。これらは自由で楽しい要素であるはずですが、疲れ切った脳にとっては、実は「さらなる決断」を迫られる頭脳労働に他なりません。仕事で散々脳を使い果たした後に、再びコントローラーを握って複雑な戦略を練ることは、脳にとって「残業の続き」をしているような負荷を感じさせてしまうのです。
何もしない、あるいは受動的に映像を眺めるだけの時間を脳が求めているとき、能動的な操作を必要とするゲームは、たとえ趣味であっても心理的なハードルが高くなってしまいます。サビ管さんが感じている「起動するだけで満足してしまう」という感覚は、脳が「これ以上の意思決定は無理だよ」と発信している、防衛本能に近いサインなのかもしれません。
変わっていく知能の質と、自分だけの「心地よい適温」の探し方
また、年齢を重ねることで「得意な知能」の種類が変化していくことも、ゲームへの向き合い方に影響を与えます。心理学の世界では、知能を大きく分けて二つの性質で説明することがあります。一つは、新しい状況に素早く適応し、瞬時に情報を処理する「流動性知能」。もう一つは、長年の経験や知識を積み重ねて活用する「結晶性知能」です。
流動性知能は一般的に20代前後をピークに下降し始めると言われています。最新のゲームは、目まぐるしい画面の変化や複雑な操作、瞬時の判断を求めるものが多く、これはまさに流動性知能の得意分野です。かつてのようにスムーズに動けない自分を無意識に察知したとき、私たちはそれを「衰え」としてネガティブに捉え、楽しさよりもストレスを強く感じてしまうことがあります。
一方で、結晶性知能は年齢とともに豊かに成長し続けます。若い頃のように敵をなぎ倒すスピード感に熱狂する代わりに、物語の背後にある深い人間ドラマに共感したり、コツコツと積み上げていく作業の尊さを実感したりする力は、むしろ向上しているのです。これは衰えではなく、感性の成熟です。スマイルラボでの創作活動も、まさにこの「積み重ねる力」が活きる場所です。一朝一夕にはできない技術の習得や、色使いの深み、言葉選びの繊細さ。それらは、反射神経ではなく、積み上げた経験からしか生まれない価値なのです。
スマイルラボでイラストを描いたり、アクセサリーを作ったり、Webメディアの構成を考えたりしている利用者さんの中にも、かつては何かに過度にのめり込み、結果として燃え尽きてしまった経験を持つ方が少なくありません。私たちは、そんな方々に「もっと熱中しなさい」と背中を叩くことはしません。むしろ、熱中しすぎて自分を壊さないための、心地よい「適温」を見つけるお手伝いをしたいと考えています。
サビ管さんが感じている「ゲームが続かない」という感覚は、実は「今の自分にとって最適な活動量」を探っている、とても健全なセンサーの働きなのかもしれません。制作の仕事も同じです。1日8時間、脇目も振らずに集中し続けることだけがプロの姿ではありません。15分だけ目の前の色に集中し、少し疲れたら手を止めて窓の外を眺める。そんな風に「熱中できない自分」を許容し、細切れの楽しみを繋ぎ合わせていく働き方こそが、今の私たちには必要なのではないでしょうか。
ここで、大人が「心地よい集中」を維持するためのヒントを整理してみます。
・脳が求める情報の「量」より「質」を重視するようになる
・短時間の集中で得られる小さな達成感に価値を見出す
・「こなす」ことよりも「そこにいる」時間を大切にする
これらは、決して後ろ向きな妥協ではありません。自分の脳の特性を理解し、そのエネルギーを最も大切な場所に注ぐための、賢い選択なのです。サビ管さんがゲームを楽しめなくなった背景には、これまで積み上げてきた人生の経験値や、日々の生活を守るための責任感が隠れています。知的好奇心は枯れていないけれど、脳が少しだけ「静かな時間」や「予測のつく安心感」を求めている時期なのかもしれません。
さて、サビ管さんのぼやきに対して、脳科学だの心理学だのと随分と大層な理屈を並べて考察してまいりました。結論を言えば、あなたの脳は日々、誰かのためにフル回転しており、その尊い疲れがあなたをゲーム機から遠ざけている、誇るべき勲章のようなものです……と言いたいところですが。
正直に申し上げて、あれこれ調べてはみたものの、結局のところ、サビ管さん。本当の原因は、その、なんと言いますか……。もう、お若くないという証拠、いや、立派な「お年」を召されたということなんだと思います。ご自身の体が、冒険よりもお布団を、刺激よりも安らぎを求めている。それは抗いようのない自然の摂理です。
もちろん、そんなことは口が裂けてもご本人には言えません。明日もまた「最新作はシステムが複雑すぎますよね!」と、優しい嘘を交えて相槌を打つことにいたします。それが、尼崎の静かな午後を、平和に過ごすための知恵なのですから。
スマイルラボは、尼崎の就労継続支援B型事業所です。イラスト制作・Webメディア制作・アクセサリー制作など「作る」仕事を、あなたのペースに合わせて進められる環境づくりを大切にしています。見学/体験/相談は、公式サイトからお申し込みください。
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